深い夜のバンコクを離れ心地良い空の眠りから目を覚ますと、南半球の朝焼けと雲のすき間から、藍色の海がきらめきを湛える。時間(とき)をさかのぼり夜を越えていく旅は、膨らむ期待や早まる鼓動をいつだって夜明けの太陽が迎えてくれる。



 マダガスカルはその想像を遥かに超えた彩りに満ち溢れている。それは目の前の、ありふれた日常の中にもひっそりと佇む。小道には赤色の土、立ち並ぶ家々の赤茶色の屋根、まだ空の色が淡い早朝の市場では野菜や果物が賑わいに彩を添える。田畑の稲やそれを運ぶ瘤(こぶ)付の牛、そこに暮らす人々の太陽に焼かれた肌の色もまた魅力的だ。聞きなれぬ言葉や、交し合う素朴な笑顔にも引き付けられる。
 


 首都アンタナナリボに降りてみると、この国はアフリカなのだろうかと疑問に思うことがあるだろう。もともとアフリカ大陸と地続きだったマダガスカルは海で隔てられているものの、明らかにアフリカに近い位置にある。インド洋に浮かんでいても、アフリカという見方が一般的だ。だが首都にはマダガスカルに根を下ろした人々の他、インド系、フランス系、中国系と様々な人々が暮らし、フランス語とマダガスカル語が入り混じって使われている。そのマダガスカル語を話すマダガスカル人は、アジアの人のように、どこか控えめで大人しい性格を秘めているようだ。はにかんだ笑顔がそう語っているようにも見える。そうやって気になることを一つひとつ並べていくと、首都アンタナナリボはアフリカとしての匂いがとても薄いという答えに辿り着いてしまう。
 ところが首都から一度(ひとたび)離れると、その印象はまったく違ったものになるのだ。



周りの旅へ
 アフリカ大陸の隣でぽっこりと浮かぶマダガスカルは、海に囲まれた離島。南北に長く、最北端と最南端の緯度の差は北海道から鹿児島までの差にほぼ匹敵する。それゆえに街の匂いも生活も、各地によって大きく異なる。折角マダガスカルを旅するなら、そんな小さな発見に触れてみるのもいいだろう。

 ツーリストの最大の名所と言えば、乾いた西の大地から空を仰ぐように枝を広げる「バオバブ並木」や、固有種のキツネザルが生息する「ベレンティー保護区」など、雄大で温かな自然を堪能することかもしれないが、街の薫りを楽しむならまだ余り知られていないマダガスカルを東から北周りで北西に向かうルートはどうだろうか。肌で感じる気候の違いと美しい自然への刹那の思いを引き出してくれるだろう。









ニラの街
 北東の街、人々が“マダガスカルの常夏”と呼ぶのがサンババ(Sambava)だ。浅葱(あさぎ)色の空の下に砂浜が広がるこの街は、雨も多い湿潤な気候だが、常夏と呼ばれるにふさわしい暑さと風に包まれている。道端に咲く赤いハイビスカス、空に向かって突き出す一面のココナツ畑、シーズンには緩やかな風が甘いバニラの香りを街に届ける。

 素朴な街だが、サンババとその周辺の村はこの国を代表するバニラの名産地だ。お菓子や香水に利用されるバニラは、白い花咲く蔓(つる)状の植物。小さな蕾が開いたら一花ずつ手作業で受粉を行い、緑の果実が実るのを待つ。その果実を数ヶ月もの時間をかけて甘い香りのバニラへと育てる。そうやって手間隙かけて育てられたバニラは、真っ直ぐで、甘い香りと黒い光沢を併せ持つ。
 白い花の季節、緑の鞘(さや)の季節、黒の艶と香りの季節、バニラはそれぞれの過程で三つの季節に分かれる。それはここに住む人々とバニラとの共同生活によって作られている。誠実な人々の努力があるからこそ、その季節はまた巡る。
 バニラとそれを作り出す人々に会いに、この街に立ち寄ってみるのもいいだろう。



メラルド色の港町
 空から見る景色の美しさでは、ディエゴ・スアレス(Diego Suarez)のエメラルドグリーンの海に勝るものは無い。サンババからディエゴ・スアレスに向かう空のルートが最も美しく、光り輝いている。空の旅が終盤を迎え大地を目指して高度を下げるそのとき、藍色の海からエメラルドグリーンの、まるで岩棚のような景色が現れる。旋回する飛行機に合わせ、思わず視線もその色を追い続ける。空に響くエンジン音の中、静かにその色は海の中に佇む。世界でも類を見ないこの美しさは、マダガスカル中どこに行ってもディエゴ・スアレスの空の上からしか見られない。

 幻想的な海とは異なり、ここには乾いた風とエキゾティックな街が広がる。遥かな海を渡っていくとアラブ圏に辿り着くマダガスカル最北端の町、ディエゴ・スアレス。その地より移り住んだ人々が作り上げたコミュニティーが街に広がる。いつもと違う言葉も聞こえる。静かにエメラルドの色を湛えるディエゴ・スアレスの海は、その穏やかさとは対極的に活気ある貿易港を作り出しているのだ。立地の利便性から、最近では豪華なホテルも急増している。マダガスカルのオリエンタルな雰囲気とエネルギーを感じるならディエゴ・スアレスが断然面白い。



カオの街
 マダガスカルらしいゆったりとした時間の流れなら、アンバンジャ(Ambanja)が良いだろう。舗装のされていない赤土の道と、照りつける太陽に挟まれて、木陰に隠れた赤や緑色の不思議な植物が生い茂る。その正体は、チョコレートの原料「カカオ」。アンバンジャには世界が認める高品質カカオを育てる農園が幾つもあるが、周辺が観光化されていないためか訪れた旅人はまだ少ないらしい。

 カカオはチョコレートの原料。チョコレートは暑い場所では融けてしまうものだが、カカオは熱帯の肥沃な大地で育つ。アンバンジャ周辺は熱帯特有の雨季・乾季が循環する気候。周囲を覆う深い緑は、大地に水を蓄えながら、ひんやりとした朝霧や太陽を遮る陰を作り出す。ここでは太陽と雨のサイクルの中、カカオを始めとした様々な生命(いのち)が育まれている。

 対岸にはアフリカ大陸が広がるため、その血筋を引く人々を良く見かける。ここに来たら、女性たちの美しさに気づくだろう。アフリカの女性たちは色鮮やかな布を身に纏う。それはここマダガスカルでも同じだ。カカオ農園で働く女性たちはその衣装で、赤・黄・緑のカカオが入った籠を頭上に置き、それを落とさないよう器用に大地を歩く。緑に包まれた背景と全ての色が混ざり合ったその姿は、カカオ農園では毎日のあり触れた光景だが、初めて訪れた人であれば思わずそれに目に留まるだろう。








と薫りの楽園
 旅の最後はビーチと花の香りが広がる島ノシベ(Nosy-Be)。眩しく照り付ける太陽と、青い空、透き通った水面(みなも)に輝きを放つ海。この島には、“楽園”という言葉がぴったりだ。椰子並木の渚に波が訪れては帰ってゆく。揺らぎに合わせてゆったりとしたひとときを過ごすのもいいし、ボートで近くの島ノシコンバやノシタニケリまで冒険気分で出かけるのも良い。その島の住民“クロキツネザル”達が熟れた果物をおねだりする仕草で、訪れた人を迎えてくれる。緑色のカメレオンがうつろな目で、のっそりと小道を横断する。海の中では熱帯の魚や珊瑚礁が、鮮やかな別世界を作り出している。
 
 ノシベもまた、アフリカ大陸から移り住んだ人々が暮らしている。海の潤いとは対照的な、赤土の乾いた道路には小さな家が立ち並ぶ。手作りの麻の大きなバックを手に取り、市場で熟れた果物や野菜を詰める人々。波のリズムのように、ゆったりとした生活のリズムは人々の心の中に潤いを生み出しているようだ。


 アンタナナリボ発、各駅停車のような北周りの旅。立ち寄るそれぞれの街からはその土地の囁(ささや)きが聞こえる。豪華さやきらびやかさは無いけれど、自然とその中で育てられる生命(いのち)や、ともに生きている人々の姿が輝いて見える。
アジアとアフリカが交差し、今なお異文化と融合を続けるマダガスカル。ひっそりと隠れた日常の息づかいを、心の片隅に書き留めてはどうだろうか。



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